広島地方裁判所 平成元年(行ウ)15号 判決 1990年2月28日
神戸市垂水区狩口台一丁目一四番一〇一号
原告
林和彦
広島県呉市西中央二丁目一番二一号
被告
呉税務署長
益本郁雄
右指定代理人
宮本直文
同
河田俊夫
同
木村守孝
東京都千代田区霞ケ関三丁目一番一号
被告
国税不服審判所長
杉山伸顕
右指定代理人
今井武志
同
荒木稔
被告両名指定代理人
見越正秋
同
藤井孝
主文
一 被告呉税務署長が、原告に対し、昭和六二年四月六日付けでした相続税無申告加算税賦課決定のうち税額金九万二五〇〇円を越える部分の取消しを求める部分の訴えを却下する。
二 被告呉税務署長に対するその余の請求を棄却する。
三 被告国税不服審判所長に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告呉税務署長が、昭和六二年四月六日付けでした、原告に対する相続税無申告加算税賦課決定を取り消す。
2 被告国税不服審判所長が、平成元年五月三一日付けでした、被告呉税務署長がした相続税無申告加算税賦課決定に対する原告の審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告呉税務署長
(本案前の答弁)
被告呉税務署長が、原告に対し、昭和六二年四月六日付けでした相続税無申告加算税賦課決定のうち、昭和六二年七月九日付け異議決定で取り消した部分についての訴えを却下する。
(本案に対する答弁)
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 被告国税不服審判所長
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 訴外林万一が、昭和六一年一月一〇日死亡し、原告、訴外天野豊子、同己斐千枝子、同林昭彦、同林光明、同林範之(以下、以上六名を、「本件相続人ら」という。)が、訴外林万一を相続した。
2 本件相続人らは、昭和六一年九月八日、納税申告書を提出し、同月九日、右相続にかかる相続税及び延滞税を納付した。
3 被告呉税務署長は、本件相続人らに対し、昭和六二年四月七日ころ、次のとおり無申告加算税賦課決定(以下、「本件賦課決定」という。)を行なつた。
原告に対し 一八万五〇〇〇円
訴外天野豊子に対し 一四万七〇〇〇円
訴外己斐千枝子に対し 二六万七〇〇〇円
訴外林昭彦に対し 四六万四〇〇〇円
訴外林光明に対し 一八万五〇〇〇円
訴外林範之に対し 四六万四〇〇〇円
4 本件相続人らが、被告呉税務署長に対し、右決定に対する異議申立てを行なつたところ、同被告は、右税額を各二分の一とする旨の決定を行なつた。
5 本件相続人らは、さらに、被告国税不服審判所長に対し、本件賦課決定に対する審査請求を行なつたが、同被告は、平成元年五月三一日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決(以下、「本件裁決」という。)を行なつた。
6 しかしながら、本件賦課決定には次のとおり違法・無効の瑕疵がある。
(一) 昭和六一年六月上旬、当時宮崎県に単身赴任中の訴外林昭彦の留守宅に納税の案内書及び申告書の送付があり、原告は同人から納税の相談を受けたが、互いに勤務に拘束され動きがとれないので、訴外林万一の初盆に本件相続人らが揃うはずであるから、その時に相談をすることにした。そして原告は、初盆に帰省し、相続財産及び相続税の調査をしたうえ、昭和六一年九月に帰省して相続税を納付することを各相続人に約し、同年九月九日、本件相続人らの相続税及び延滞税を納付した。
ところで、現在では、故郷において職を得ることは困難で、遠隔地において勤務せざるを得ない状況にあり、本件相続人らのうち三名も遠隔地において勤務している。そして、勤務に拘束され休暇も自由に取れない状況にあるなか、本件相続人らは右のとおり相続税を納付したのであり、申告が申告期間を二か月経過した後になされたとしても、右社会状況からするとやむを得ないというべきで、遅れたことは本件相続人らの責めに帰属するものではない。
したがつて、本件相続人らの本件相続に関する申告が遅れたことには、国税通則法(以下、単に法という。)六六条一項本文ただし書にいう正当理由があるというべきであるから、本件賦課決定は違法である。
(二) さらに、本件賦課決定通知書には、根拠条文の記載がなく、理由附記を欠いている。法律上、理由附記が要請されていない場合でも、特に争訟裁断的行為ないし租税法のように国民の財産権を直接侵害するような行為については、理由附記を要件とすることが法治主義の当然の帰結として要請され、形式上の要件の一種であるとするのが、概ね学説の認めるところである。
したがつて、本件賦課決定は、理由附記を欠き無効である。
(三) 本件賦課決定には、法六六条三項を適用すべきところ、同条一項本文を適用した違法がある。右適用条文の誤りは、重大かつ明白であり、本件賦課決定は無効である。
7 本件裁決は、法六六条一項本文による本件賦課決定は違法であるとしながら、瑕疵が重大ではなく、外見上客観的に一見して看取できる程度に明白なものではないから本件賦課決定は適法であるとするが、本件賦課決定における適用条文の誤りは重大かつ明白な瑕疵というべきであり、無効である。したがつて、本件裁決は、違法であり無効である。
8 よつて、本件賦課決定及び本件裁決の取消しを求める。
二 被告呉税務署長
(本案前の答弁)
本件賦課決定は、昭和六二年七月九日付け異議決定によりその一部が取り消されたのであるから、原告の本件訴えのうち右異議決定により取り消された部分の取消しを求める部分は不適法であり却下されるべきである。
三 被告らの請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし5は認める。
2 同6の(一)中、本件相続人らの相続税及び延滞税が納付されたことは認め、その余の事実は不知、本件相続人らの期限後申告には正当な理由があるとの主張は争う。
同6の(二)中、原告に対する本件賦課決定通知書に根拠条文及び処分理由の記載がなかつたことは認め、その主張は争う。
3 同7中、本件裁決の内容は認め、その主張は争う。
四 被告らの本案に対する主張
1 被告呉税務署長
(一) 本件賦課決定に至る経緯等
(1) 昭和六一年一月一〇日、訴外林万一死亡により、本件相続人らが、訴外林万一の財産を相続した。
(2) 本件相続人らは、法定申告期限である昭和六一年七月一〇日を経過した同年九月八日、右相続にかかる申告書を提出し、同月九日、本件相続にかかる相続税及び延滞税を納付した。
(3) 被告呉税務署長は、昭和六一年四月六日付けで、本件相続人らに対し、納付すべき本税額に対し一〇〇分の一〇に相当する無申告加算税の賦課決定をした。なお、原告に対する本件相続にかかる課税価格は、一四一九万九〇〇〇円、本税額は、一八五万五一三〇円であり、右賦課決定による原告に対する無申告加算税額は、一八万五〇〇〇円であつた。
(4) 本件相続人らは、右期限後申告には法六六条(昭和六二年法律第九六号の規定による改正前のもの。以下同じ。)一項ただし書の正当な理由がある場合に該当するとして、右賦課決定の取消しを求めて被告呉税務署長に対し異議申立てを行なつた。
(5) 被告呉税務署長は、昭和六二年七月九日付けで、本件相続人らによる期限後申告は法六六第三項の規定に該当するとして、前記賦課決定のうち、本税額に一〇〇分の五の割合を乗じた金額を越える部分を取り消す旨の異議決定を行ない、これにより原告に対する無申告加算税額は、九万二五〇〇円となつた。
(6) 本件相続人らは、さらに、昭和六二年七月二九日、被告国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同被告は、これを棄却する旨の審査裁決をし、平成元年五月三一日付けで本件相続人らに通知した。
(二) 本件賦課決定の適法性について
(1) 本件賦課決定(異議決定により一部取り消された後のもの)は、本件相続人らの法定申告期限後の納税申告に対し、その納付が、当該国税についての調査があつたことにより、当該国税について納税について告知があることを予知してなされたものではないとして、法六六条三項を適用して、本税の一〇〇分の五の割合の加算税を賦課するものであり、何等違法ではない。
(2) 原告は、本件相続人らの、期限後申告には、法六六条一項本文ただし書の正当な理由がある旨主張するが、同規定にいう正当の理由とは、納税者の故意・過失によるものではなく、真にやむを得ない理由によるものであり、制裁を課することが不当もしくは酷と思慮される事情の存する場合をいうものであるところ、原告は、本件相続人らの一部の者が、遠隔地にいて勤務に拘束され、納税の意思を有しながら、申告期限内に申告できなかつた旨主張するが、右事情は、本件相続人らの個人的都合によるものであつて、本件相続人らの責めに帰せられるべきことであり、無申告加算税を賦課することが不当もしくは酷であり、真にやむを得ない事情にあつたということはできない。
(3) 原告は、本件賦課決定通知書に根拠条文の記載がなく、理由も附記されていないので、本件賦課決定は違法・無効である旨主張するが、法三二条三、四項は、賦課決定方式による国税の賦課決定をする場合、その賦課決定通知書に決定理由を附記すべきものとは期待していないし、相続税法は、無申告加算税の賦課決定通知書に決定理由の附記を要求していない。
したがつて、賦課決定方式によつて賦課する相続税の無申告加算賦課決定通知書にその理由を記載しなかつたからといつて違法ではなく、当然無効ということはない。
また、同様に、法によつて、根拠条文の記載も要求されておらず、根拠条文の明示を欠くことをもつて、本件賦課決定が違法もしくは当然無効となるものではない。
(4) 原告は、本件賦課決定は、適用条文を誤つた違法があり、右違法は、重大かつ明白な瑕疵であり無効である旨主張するが、法定期限後申告という法六六条一項本文の無申告加算税賦課の基本的要件は充足しており、同規定を適用したとしても、重大かつ明白な瑕疵があつたということはできない。
2 被告国税不服審判所長
本件裁決は、法にしたがい適法になされたものである。
原処分の違法を理由として審査裁決の取消しを求めることはできないところ原告の主張は、本件賦課決定が無効であるにもかかわらず、これを是認する本件裁決は違法・無効であると主張するのみで、本件裁決固有の違法を主張するものではないから、原告の右主張は失当である。
五 被告らの主張に対する原告の反論
1 被告呉税務署長の本案前の主張に対する原告の反論
本件賦課決定には、前記のとおり重大かつ明白な瑕疵があり、無効であるから、異議決定により、その一部を取り消すという形式がとられたとしても、それは法八三条三項の処分の変更であり、右瑕疵が治癒されるものではない。したがつて、原告に対する本件賦課決定には無効の瑕疵があり、その取消しを求めることができる。
2 被告国税不服審判所長の主張に対する原告の反論
本件裁決における判断の誤りは、審査裁決固有の違法であるから、前記のとおり本件審査裁決には違法・無効の瑕疵があり、これを理由に本件裁決の取消しを求めるもので違法である。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここに引用する。
理由
一 請求原因1(本件相続人らの相続)、同2(本件相続人らの期限後申告、本税及び延滞税の納付)、同3(被告呉税務署長による無申告加算賦課決定)、同4(異議申立及び税額の二分の一を越える部分を取り消す旨の異議決定)、同5(異議決定に対する審査裁決の申立て及び審査請求を棄却する旨の裁決)の各事実は当事者間に争いがなく、被告呉税務署長の本案に対する主張中(一)の(1)ないし(6)の各事実は、原告において明らかに争わない。
二 被告呉税務署長の本案前の主張について
課税処分の全部又は一部が、異議決定又は審査裁決により取り消されたときは当該取り消された部分は効力を失うから、訴訟においてその部分の取消しを求める訴えの利益はないというべきである。
前記争いのない事実によると、被告呉税務署長が、昭和六二年四月六日付けでした原告に対する税額一八万五〇〇〇円の無申告加算税賦課決定は、同年七月九日付けの異議決定によつて、右税額のうち九万二五〇〇円を越える部分が取り消されたのであるから、原告において、右取り消された部分の取消しを訴訟において求める訴えの利益はない。
原告は、本件異議決定は、本件賦課決定を変更する別個の処分であつて、右賦課決定が、本件異議決定によつて取り消されることはないから、右賦課決定すべてについて取消しを求めることができる旨主張するが、本件賦課決定及び本件異議決定ともに本件相続にかかる相続税の法定期限後の納税に対し無申告加算税を賦課するものであり、両者は、右税額の算定根拠を異にし、本件異議決定において、本件賦課決定における右税額を減縮するのみであるから、両処分の性質は同一であり、右原告の主張は採用できない。
したがつて、本件賦課決定の取消しを求める訴えのうち、異議決定によつて取り消された後の税額九万二五〇〇円を越える部分の取消しを求める部分の訴えは、訴えの利益を欠き不適法であるから却下すべきである。
三 本件賦課決定(異議決定により一部取り消された後のもの)の適法性について
1 被告呉税務署長が、原告の法定納期限後の納税申告に対し、六六条一項本文によつて、税額一八万五〇〇〇円の無申告加算税賦課決定をし、これに対し、原告が異議申立を行なつたところ、同被告が、法六六条三項を適用して、原告の無申告加算税の税額を九万二五〇〇円とし、右税額を越える部分を取り消す旨の異議決定を行なつたことは、前記のとおり当事者間に争いがなく、原告に対する課税価格が一四一九万九〇〇〇円、本税額が一八五万五一三〇円であることは、原告において明らかに争わない。
2 原告は、法六六条一項本文ただし書にいう正当の理由がある旨主張するので検討する。
無申告加算税は、租税債権確定のため納税義務者に課せられる税法上の義務の不履行に対する一種の行政上の制裁であることからすると、右法条にいう正当の理由とは、加算税を課すことが納税者にとつて不当又は酷となるような真にやむを得ない事情をいうものと解すべきところ、原告が正当な理由の事情として主張する事実をもつてしては、納税者に加算税を課すことが不当又は酷ならしめる事情ということはできず、原告の右主張は採用できない。
3 次に、原告は、本件賦課決定は、理由附記を欠く違法な処分である旨主張するので検討する。
本件賦課決定通知書に、根拠条文及び処分理由の記載がなかつたことは、前記のとおり当事者間に争いがない。しかしながら、法三二条三、四項は、賦課課税方式による国税の賦課決定をする場合に、その決定通知書にその決定をするについての根拠条文及び決定理由を記載することを規定していないうえ、相続税法も、右記載を要求していない。したがつて、本件賦課決定通知書に、決定の根拠条文及び決定理由が記載されていなかつたことをもつて、本件賦課決定が違法であるということはできず、原告の右主張も採用できない。
4 さらに、原告は、本件賦課決定には、法六六条一項本文を誤つて適用した違法があり、右瑕疵は重大かつ明白であり、右賦課決定は無効である旨主張する。
しかしながら、前記二で述べたとおり、異議決定により取り消されたときは当該取り消された部分の効力は失われるところ、成立に争いのない甲第二号証によると、原告主張の法の適用の誤りは本件異議決定で是正のうえで税額の一部取消しがなされていることが認められるので、右主張は採用できない。
5 本件賦課決定(異議決定により一部取り消された後のもの)には他に何等違法な点は認められないので、これの取消しを求める請求は、理由がなく棄却すべきである。
四 本件裁決の適法性について
1 原告が、本件賦課決定に対し異議申立てをし、被告呉税務署長の異議決定後、被告国税不服審判所長に対し審査請求をしたこと、同被告が、右審査請求に対し、棄却する旨の裁決をしたことは前記のとおり当事者間に争いがない。
ところで、裁決の取消しを求める訴えにおいては、原処分の違法を理由とすることはできない(行政訴訟法一〇条)。
原告が、本件裁決の取消しを求める理由とするところは、結局原処分である本件賦課決定の違法・無効の主張に尽きるのであつて、審査裁決固有の違法を主張するものではない。
2 被告国税不服審判所長のなした審査裁決には、他に何ら違法な点は認められないので、本件裁決の取消しを求める請求は理由がなく棄却すべきである。
五 以上のとおりであるから、訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 出嵜正清 裁判官 内藤紘二 裁判官 飯田恭示)